十勝の広尾町「チーズ工房もぐもぐ」と住まいができるまで

日高山脈を遠くに眺める牧草地の奥に、三角屋根の建物がひっそりと佇んでいます。Oさま夫妻が2026年5月に建てたチーズ工房もぐもぐとОさまのご自宅です。

約30年前に本州から北海道へ渡り、酪農の道を歩んできたОさま夫妻が辿り着いた「これからの暮らしの形」がここにあります。

牛を眺めながら、カフェで過ごす

「チーズ工房もぐもぐ」の扉を開けると、無垢床と、勾配天井に渡された木の梁、造作のカウンターテーブルなどが目に飛び込んできます。

大きな窓の外には牧草地が広がり、放牧中の牛たちが寝そべっています。この牛たちのミルクで作られたチーズやソフトクリームはどれも絶品。美味しいカフェメニューとともに、目の前で牛が草を食む様子を眺める——そんな贅沢な時間を過ごせます。

「チーズ工房もぐもぐを作ったきっかけは、チーズが好きな人や、酪農に興味がある人に来てほしいという思いでした」と奥さま。なのでカウンターは、接客しながらお客さんと自然に話ができる高さに設計されています。

自家牧場の牛乳から作る販売中のモッツァレラ、現在熟成中のセミハードタイプ、そして牛乳、ソフトクリーム、プリン、手作りの日替わりスープ——どれも、奥さまの手から生まれる「うちの牧場の味」です。

プリンに使う卵は、放し飼いの鶏が産んだもの。こちらは季節限定です。

奥さま手作りのステンドグラスも牛が描かれています。梁に吊るされた巨大なカウベルは、スイス旅行のお土産。「これは飾りじゃなくて、実際に牛が使ってたものなんですよ。重いんですよ、本当に」。お店のあちこちに、ふたりの歩んできた時間がさりげなく散りばめられています。

4年がかりで叶えた、自分たちのチーズ

奥さまがチーズ作りを始めたのは、ずっと以前のこと。最初は趣味で、家の台所で作っていたそうです。「自分の牧場の牛乳で作れる、原料があるから作りたいなって思う時に作ればいい。それがすごく気持ちも楽で、楽しかったですね」。

その「趣味」を、本気で店にしようと動き出してから、完成までに4年ほどかかりました。

「建てる前から何度も保健所とやり取りをしてようやく許可を取ることができました」とご主人。乳製品を扱う加工施設とカフェには、専用シンクが必要で数や大きさも厳密に決められています。工房の床は、奥さまが他のチーズ工房も見に行って選び抜いた防水床で仕上げにコーティングも施しました。

オープン以来、Google検索や口コミで全国から訪ねてくれるお客さんも増えてきました。「北海道が大好きで」「ブログを見て」と、わざわざ立ち寄ってくれる方も。広尾までドライブがてら、放牧の牛を眺めてのカフェタイム、いかがでしょうか。

チーズ工房もぐもぐ

営業日:土曜・日曜

所在地:北海道広尾郡広尾町

お店の開店状況などはインスタグラムを参照ください。

住まいのこと、Oさま夫妻のこと

先にカフェとチーズ工房をご紹介しましたが、この建物はО様ご夫妻の終の棲家でもあります。住宅側の玄関から入ると長い土間があり、住宅、工房、カフェにつながっています。

家の中で過ごす時間が一番長いのは、やはりリビング。オークの床、板張りの勾配天井、木製窓や建具などから木の優しい感触と香り、そして大きな窓から入る陽射しに癒される空間です。

リビングの一角には、レンガを積んだ壁に薪ストーブが据えられています。

「前の家にも薪ストーブはありました。今度の薪ストーブは天板で焼く、煮るなどの調理ができます」とご主人。敷地の木を伐採して暖房にできるので、カーボンニュートラル、そして暖房費の自給にもつながります「断熱性能がいいから、あまり大きい薪ストーブだと家の中が熱くなりすぎる、と言われたので程よいサイズを選びました」。

8匹のねこたちと暮らす家

この家のもうひとりの主人公たち——ネコ8匹と犬4匹も、新居に早速馴染んでいます。迷いネコや、近所の農家で生まれたネコなど、気がつけばにぎやかな家族になっていました。

壁づたいに梁までのぼっていけるキャットウォークもこだわりのポイントです。夜な夜な大運動会が開催されているようです。放牧地を見渡せる陽当たりの良い窓の棚上もネコたちのお気に入りの場所です。

もう一つ大きなポイントはねこたちをダイニングキッチンに入れない工夫です。「以前の家ではキッチンに入ってきて、お刺身を盗られたり大変だったので(笑)。今回は絶対に分けたかったんです」

リビングとダイニングキッチンの間には、造作による大きな窓と木製引戸が設けられています。閉めれば仕切り、開ければリビングと一体の大空間。ネコたちは窓や引戸越しにダイニングキッチンを覗くことができますが、料理や食事中に入ってきてしまうことはありません。

本州から、北海道の酪農へ

ご主人もご夫人も、本州のご出身です。「僕は子供の頃から農家になりたかったんです」とご主人。帯広畜産大学で4年学び、その後アメリカで1年の実習を経て、十勝に戻ってきました。

ふたりが出会ったのは、酪農ヘルパーの仕事でした。組合に所属し、休んだ農家の代わりに毎日違う牧場を回る仕事です。「新人の私は月の半分を主人と組んで仕事をしていました。年も近かったし自然に」と奥さま。その後、新規就農で広尾町に入りました。古い住宅と小さな牛舎があり、ふたりの酪農人生はそこから始まりました。

息子夫婦に経営を譲るために

転機が訪れたのは、ここ数年のこと。長男が戻ってきて、お嫁さんと孫もでき、家族構成が変わりました。

「経営を息子夫婦に引き継ぐ段階で考えたんです。私たちが酪農から少し距離を置くことで、息子たちが牧場の中心になりやすいと思って」とご主人。

長男夫婦が元の住宅に移り、Oさまご夫妻は少し離れた場所に新居を構える——ちょうどそのタイミングで、奥さまの「いつかチーズを売る店をやりたい」という想いも形になることになりました。住宅と、店舗と、工房を、一度に建てる。大きな決断でした。

cubeチセとの出会いは、知人を訪ねたあの日

奥さまがcubeチセを知ったきっかけは、ふとした出会いでした。「高校時代、私が初めて農業実習に入った方の家に久しぶりに遊びに行ったら、お孫さんが家を建てているところで。見せてもらったら、屋根がすごく可愛くて、素敵で」

思わず「どこで建てているの?」と聞くと、返ってきたのは「cubeチセ」という名前でした。その後、完成したその住宅の内部や建築中の他の家も見せてもらい、工房も、住宅も、カフェも——全部を任せられる工務店として、Oさまご夫妻はcubeチセを選んだのでした。

牧場に似合う、平屋の家

家づくりで譲れなかったポイントはいくつもありました。老後も踏まえて平屋。牧場に似合う三角屋根。外壁の塗り壁や板張り。カフェと住宅用の玄関を分け、自宅用の玄関は収納を設けて作業着や長靴などを収納できるようにしました。

住み心地は、「明るくて、心地いい」

引っ越してきて数か月。住んでみての感想を聞くと、ふたりは口をそろえて「明るい」と答えました。「窓は前の家よりむしろ小さくなったんですけど、塗り壁になったからか、家の中が明るくて。それがびっくりしました」と奥さま。

「断熱もいいし、家全体がじんわり暖かい。心地いいですね」とご主人。

奥さまのチーズ工房は、まだ走り出したばかり。「うちは環境の良さ、雰囲気の良さで来てもらえればそれでいいかな、と思っています」

チーズを作り、お客さまとの会話を楽しみ、冬になれば薪ストーブのまわりで炎を眺める。——Oさまご夫妻の、新しい人生のかたちが、この三角屋根の住まいに、ゆっくり満ちていきます。

設計・施工:株式会社cubeチセ